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龍神さまの口から龍蛇神さまが飛び出しています
- 神さまはいない~意識の編
第四章 信頼
なぜひとを信頼できなくなるのでしょうか。
前の書での「志」のままに~第七章でも信頼というテーマで記載をしていますが今回はその範囲をもう少し狭めてこの社会の中で生きることでの信頼について記載をいたします。
信頼をする、できないは相手の問題ではなく自らの感情によるものです。相手に裏切られたから、そもそも信頼に値しないなど理由はさまざまです。
ひとを信頼して裏切られたことの痛みとはなんでしょうか。よく「信頼していたひとに裏切られて悲しい、もうだれも信頼をすることはできない」などという感情の表現がありますがそれはただの悲しいという感情でありほかのひとを信頼できないなどとはそのほかのひとがいい迷惑です。裏切られたとする自身の感情に同情してほしいがための承認欲求です。良い言い回しでは純粋ともいえるでしょうが・・・
またはひとに裏切られて当然、裏切られるひとがよくないから裏切られたとする考え方もあります。またはそんなことは当たり前でいちいちそんなこと気にしないとするひともいます。
わたしはよくこの自己満足という言葉を使いますが我の強いひとほどこの傾向にあります。自己顕示欲や承認欲求のあるかたも一様に我が強いです。
前述のように言葉で書いてみるとよくわかります。ただ我の強いひとたちはこれをおかしいとは思わないのです。自分と考え方が違うひとは必ず会社にいます。でも多様性あるひとがいる会社ほどこころは成長するものです。
今回のテーマである「信頼できない」について
1、信頼していたひとに裏切られたからもうだれも信頼をすることはできないとする考え
2、ひとはそもそも信頼するべきではないとする考え
3、裏切られるひとがそもそも悪いとする考え
4、信頼する、裏切られるという感覚すら必要としない考え
5、たとえ裏切られても信頼し続けるという考え
6、裏切られないために信頼をするという考え
7、特定のひとだけでなくすべてのひとを信頼するという考え
8、お金をもらえれば裏切られても構わないという考え
9、いまではなくもっと前に裏切ってほしかったという考え
10、相手に同情をする考え
11、個人的には許せないが立場上仕方がないという考え・・・
自分軸、相手軸、時間軸、第三者軸、男性軸、女性軸、環境軸(生活感や国ごとの違い)、会社での立ち位置軸などによっていくつもの考えはあるものです。更には組み合わせによる自分軸+時間軸・・・などさまざまです。そしてその考えかたは決してひとつではなく、育った環境にもよっていくつもの考えがあるのです。あなたはどのような考えに該当するでしょうか。
この世は欲にまみれた世界であり欲望のままに生きるひとがほとんどです。純粋なひとほどその中で生きることはとても困難です。だからこそこころの成長が必要であるのです。
余談ですが上記に対するわたしの考え方は「相手がどうこうではなく自分が相手を信じたならば、その信じた自分を信じればよいだけです。それは自分だけは自分を裏切らないということです。相手を軸に考えるからこころが惑わされるのです。自分を信頼していればよいのです。
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