[志]のままに(その3)

因果について~「志」のままに

第二章 摂理とは

「志」高く仰せられる神さまは、「志」を掲げるひとのこころに対して協力をしてくれます。それは願いを叶えてくれるものではありません。協力をしてくれるということです。

そこにはあなたの努力なくして神さまは決して協力はしてくれません。あなたが何もせずにあなたの願いだけを叶えてくれる神さまは絶対にいません。

もしあなたが何もせずにあなたの願いをある程度を叶えてくれるものはあなたのこころの闇に手を貸すものだけです。そのものはあなたを上手にコントロールするので気を付けてください。

そして摂理とは自然の法則のことです。いま一度想い返してみてください。摂理とはあなたが掲げる「志」のために必死に尽くして生きることであり、そこにはすべての生命との共存共栄があり、更にはいまこの現世のひとを助け、生命を助け、この先の未来のすべての生命を助け想いをつないで礎となることです。これが良い因果であり本来のこころのあり様なのです。

この現世(ひとの世)に惑わされないでください。そのほとんどが強欲でありあなたが執着をする思いはこころの成長のためには何の役にもたちません。われわれはすぐそばに答え(自然の法則=摂理)があることに気づかないのです。気づかないほどにひとのこころは自然から離れてしまったのです。

わたしは以前に神さまは答えを教えてはくれませんとお伝えしていましたが、ひとの生きかたについてわたしなりに学んだことをお伝えいたします。

こころの成長とは「志」に尽くすことであり
その目的とはひとを守り、他の生命をも助けることであり
そしてこの想いを未来につないでゆくとことです

これが「ことわりの書」からつながるわたしの想いであり良い因果を理解して行動する言葉です。そしてこの良い因果とは摂理(自然の法則)のことでもあるのです。もちろん「志」はみなさまがそれぞれに自由に掲げるものです。


摂理については「こころの起源」でその多くを説明しています。摂理に沿った考え方、生きかたをすることがわれわれ本来の生きる姿であり役割であるのです。

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