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- 因果について~「志」のままに
第一章 こころと身体
身体の潜在意識とこころの潜在意識はどのように違うのでしょうか.
この身体にある潜在意識はひとの進化の過程における記憶であり、遡れば生命の起源をも辿り地球創生の頃からの記憶となります。それほどまでの情報量であるためひとの遺伝子など未知の部分が多く残されているのです。
それではこころの潜在意識とはどのようなことでしょうか。
われわれひとのこころは自然と共に歩んでいます。更には自然が生成される前からの大地や海など地球自体が創られている頃からのつながりです。こころの潜在意識もまた身体にある潜在意識と同じように意志をもった地球誕生の頃からの情報が記憶されているのです。
前回の書である「こころの起源」ではもともとは自然と一緒に「良い因果そのものがこころであった」ことや、良い因果とは摂理であるとことをお知らせしています。自然に生きる、動物や植物との共存共栄をもとに互いに助け合い、ただ真っ直ぐに「志」にある役割のままに生きていること。これを良い因果(こころ)ということを説いています。
この自然に生きる動物や植物のすべてに良い因果としてこころが宿っているのです。自然の良い因果とは人類が誕生する前からの自然に生きる動植物に宿る良い因果であるこころのことを言います。もちろんそのこころを本能とする場合もあります。
その良い因果であるこころたちがひとのこころの起源となるのですが、更に遡り自然の生成以前に至る地球の創生にまでこころ本来の起源は遡ることになるでしょう。そしてこころの潜在意識とはこの地球をも含むすべての生命における良い因果のことを言うのです。それは自然のままに「ある」ということです。
自然の意志である良い因果とは生命に基づくものですが地球創生にまでつながるものでもあります。それは生命の根源であり自然よりも更に深い「無」に近い意志でもあるのです。
身体にある潜在意識とこころにある潜在意識はそれぞれに分け隔てをした「点」で考えるのではなく、すべては重なり合ってつながりである「線」で考えればそのふたつが交わる共通の答えが見つかるのではないでしょうか。
身体がつくられる生命の起源にまで遡りそれをつながりとした「身体の潜在意識」と転生を繰り返しこころを成長させる「こころの潜在意識」のはじまりはともにひとつであるということです。
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