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水面に映るご神木のあり様
- 第一章 つながりとは
前回の「はじまりの書」の後半で自然に宿るこころとは「無」に限りなく近い神さま(こころ)であると伝えています。そしてはじまりの書の「はじまり」とはこころのあり様次第で役割・志に気づくことを「はじまり」としています。
因果を知る(因果を消す)、ひと助けをする(役割、志を知る)、無に近づく(自然に近づく)、これらはこころを成長させる段階においてとても必要なことです。
「はじまりの書」であなたを守る神さまはあなたよりも一歩先を歩く神さまと伝えています。
多くのひとがこころを成長させれば、われわれそれぞれを守る神さまもまた更に成長をします。そして相乗的にこの現世にあるこころ全体がボトムアップされるのです。その結果で輪廻全体を巻き込んで多くのこころの成長が飛躍的に加速されるのです。
われわれは未来のためにいま過去について気づかなければなりません。過去を知ることで未来のためになにができるのかということです。まずは10年、20年先のこの現世のためにいまの10代、20代のひとたちに何を伝え、そしていまの子供たちになにを教えることができるのかということです。その積み重ねが更なる先の未来へとつながるのです。
同じようにしてこれから積み重ねる信念、役割の行動は何百年後かのひとのため、そして何千年後かのこの現世のために大切なこととなるのです。これがつながりというものです。過去からのつながりだけでなく、未来へのつながりのためにいま行動をしてこころを成長させることが必要なのです。
このことも過去のひとたちが教えてくれています。幾千年もの前のひとたちのつながりでいまも教えてくれていることなのです。それがどこからがはじまりであったのかはそれぞれのこころのあり様次第なのです。
はじまりとはこころのあり様次第でそれぞれに違います。そしてそのはじまりとは未来のひとを助ける行動をすることがはじまりでもあるのです。そして先人たちの想いはいまも自然を中心に至るところに語り継がれています。
ひとつの例としてわかりやすく伝えるのであれば、最近では昭和の戦中、戦後のひとたちをイメージしてください。その当時は物資がなく、食べ物すらない時代です。ただそんな時代だからこそひとは辛抱強く、忍耐強いひとたちがたくさんいました。この辛抱強く、忍耐強いとは欲が少ないということでその結果この時代のひとたちは互いに助け合うなどして因果の少ないひとたちが多かったのです。
そして更に過去を遡ればこのような時代は幾世代にも限りなくあり、ただ同じことを繰り返してきているのです。何もできずに辛抱強く、忍耐強く生きるひとたちにとっては戦いを終わらせてくれるひと、または平和を導いてくれるひとに対して感謝の気持ちとともに神さまと崇めてきているのです。
それは戦中・戦後だけでなく天災もしかり、また地方においては身分の違いで抑圧された環境に生きたひとたちなどすべてが辛抱強く、忍耐強くに因果の少ないひとたちであったとも言えるのです。
われわれはそのひとたちの想いを知り、いまその役割に気づき、何百年後かのひとたちのために、何千年後かのこの現世のためにいま役割に気づき尽くしてゆかなければならないのです。
今度は前述とは違い更に遡った先人たちのその想いの例をお伝えいたします。
山を登拝するたびに思うのですがはるか古のひとたちは後人のひとたちに山を登りやすくするために、草木を分けて地面を踏み鳴らしては路を創り、そしてさらに危険な場所にはけがをしないようにと階段を付けて登りやすくするなどして、後人のひとたちへの安全を願う気持ちを込めて道を造ってきているのです。
いまも残るその登山道は何十年、何百年と想いをつないできた歴史があるのです。このような歴史を知ることは神社や寺院、祭祀の場所だけではありません。こんな身近にも過去のひとの想いが詰まっている場所があるのです。
わたしはただひたすらにその想いをつなぐ気持ちに対して感謝の気持ちを込めて登拝しています。だからこんな険しい路(道)でも楽に登れるのだと、けがをすることもなく登ることができるのだと・・・
このようにして先人のひとたちが歩んできた行動・行為は後人のわれわれにさまざまに教えてくれているのです。
われわれはまず、そのことに気づくことが先人たちに対する感謝の気持ちによる恩返しなのです。ただの山路でも数人の想いが数十年の時を経て、更には数千人にのぼりその間にもその想いは語り継がれ、壊れたら造りなおして、滑りそうであれば岩を砕いて歩きやすくするなどして数千年後には数十万人ものひとたちがその道を通れるようにしてくれているのです。
山路ひとつをとっても長い歴史を経ての先人たちの想いが詰まっているのです。そしてその間に絶えずそれを観てきた自然に宿る神さまたちはずっと見守ってくれているのです。
それは登山道だけに限らずにいまの国道、県道などもそうです。先人たちがずっと歩んできた道なのです。そしてその道を維持するひとたちの努力があってこそのいまがあることを決して忘れてはいけないのです。当たり前のことがどれほど大切なことかについて気づいてください。
このようにして先人たちの想い(後人たちへのやさしさ)はさまざまにあり、語り継がれてきているのです。これも先人たちのわれわれに対するひと助けです。
自然に触れるとこのようなことも気づかせてくれるものです。
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