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やさしい雰囲気をまとうお姿
- ひとは自然だけに対しては
常に緊張や恐怖を感じているのです
社会の中で体感をする
プレッシャーや緊張とは
明らかに違うものです
ひとが無意識のうちに
畏れを抱く自然とは
それを意識する、しないでは
まったくその感覚はまったく違います
常に意識をすることで
畏れではなく
自然の一部となり
感謝して敬うことが大切です
やさしい雰囲気をまとうお姿
- ひとには
防御本能が働くため
無意識のうちに
身を守る行動や考えをします
それは本能といってもよいでしょう
一体何に怯えるているのでしょうか
以前にひとは自然界より
期待をされていると
表現をしていますが
実はその本能のままに
怯える存在があるのも
自然のチカラです
天災にはひとのチカラで
抗うことはできません
ひとだけが自然との
共存する意識から
だいぶ離れてしまいました
やさしい雰囲気をまとうお姿
- 精神的な重圧や緊張
不安、ストレスなどを
感じる感覚は
みな同じです
違うのは
その起きうる状況だけです
みなさまもいずれかの経験は
したことがあると思います
ただこれは自身で
その感覚を作り出しているだけです
すべては自らの想いで
その感覚を作り出しているのです
これらは未知なる状態に
対する防御反応です
やさしい雰囲気をまとうお姿
- この世が
地獄と感じることは
ひとだけが気づき
ひとだけがその行動ができて
ひとだけが多くの生命を
助けることができるのです
ひとには可能性があります
だからこそ
すべての生命から
信じられて期待されるのです
やさしい雰囲気をまとうお姿
- この世界こそが
地獄です
現実に起きていること
それが事実です
憎しみは至る所にあり
ひとの感情と同化して
隙あらばこころが
取り込まれてしましまいます
一通りの人生を生きてきた
ひとならばすでにおわかりでしょう
たとえそれがわからなくとも
なんとなくでも
わかっているはずです
そのことに
意識をする
きっかけがないだけです
やさしい雰囲気をまとうお姿
- ひとは
みなが平等です
ただ
それと同時に
不平等も
平等に
あるのです
やさしい雰囲気をまとうお姿
- 自然の息吹に
気づいていながら
敢えて踏みにじるひともいます
わかっていながら
踏みつけるのです
このようにして
ひとの意識とはさまざまにあります
踏みつけることで
生に対して憎しみを放つものたちです
それは日常に起きる
事件・事故が
それを物語っているのです
やさしい雰囲気をまとうお姿
- 小さな芽の息吹は
ひとにさまざまなことを
教えてくれています
踏みつけてはいけないと
言う事ではなく
この小さな息吹の想いに
気付いてほしいと
教えてくれているだけです
これはひとだけにしか
わからないことであり
ひとは感情があるから
気づくことができるのです
やさしい雰囲気をまとうお姿
- 自然の教えとは
ひとに気づきを
与えてくれるものです
それはとてもわかりやすく
順序立てた流れであり
それはいわゆる
原因と結果です
やさしい雰囲気をまとうお姿
- その小さな芽は
われわれに
教えてくれているのです
この場合の
気づくとは「助ける」
ということです
この小さな芽が
気づかせてくれた
「助ける」ということは
われわれにとって
とても大切なことなのです
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