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- 神さまはいない~不条理の編
第四章 ありのままに
ひと以外の生き物はただ生きるために同じことを繰り返しています。それは余計な感情が無いからできることです。その意志とはただ生きるために行動をすること、それだけです。でもそれは永遠に同じことを繰り返すという意味ではある種でまえがきにあるシーシュポスの行動と全く同じです。ただ違うのはひとには感情があるからこそさまざまに考えることができるということです。
ひと以外の生き物のように素直に純粋でただ生きるための行動がどれほどに素晴らしいことでしょうか。それに比べて生きものの頂点に立つひとはなぜこうも感情に振り回されるのでしょうか。そしてこの感情の先にはなにがあるのでしょうか。
もちろんひと以外の生き物でも哺乳類には感情がありコミュニケーションの会話はあります。でもひとは巧な言葉を使いさらに感情の領域を拡げているのです。この状態もまた進化の途中なのでしょうか。素直で純粋に生きることは進化に対して逆行しなさいということなのでしょうか。
でもこれまでのひとの進化は必然です。であればやはりこの先を越えて行きなさいということなのでしょう。それはこの感情を制御することにあります。この感情を制御して素直で純粋に生きていくことが求められているのです。その課題として第一に挙げられるのが不条理であるのです。
この不条理とはまさにひとの感情によって創られるものです。また同じ出来事でも不条理と感じるひともいれば、そうでないひともいます。欲が強ければ必要以上に嘆き、そうでないものはなんとも感じないのです。不条理と言う言葉はそれを学ぶべき言葉であり悲観する言葉ではありません。
ひとの感情がこの世界を創っており、ひとの成長とは感情の制御を意味することでもあるのです。ひとが持つ憎悪などの感情をなくすことはできませんが制御することはできます。法は事が起きた後に対処するものですが大切なことは感情を制御して事を起こさないようにすることが大切です。
感情があるからこそのひとです。そんな簡単にコントロールできるものではありませんがそれをしなければならないことも事実です。そのことに気づくひとが多ければ多くなるほどにこの世界を変えることができるのです。
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