己が自身 (その208)

やさしい雰囲気をまとうお姿
後悔をしないために

判断をする

ものではありません

後悔をするなどは

自分の都合です

たとえその結果が

後悔をすることになっても

自身のこころが

判断をしたのであれば

その結果はあなたにとって

必要だから

起きているだけです

そのことが

理解できると

先に進むことができます

己が自身 (その205)

やさしい雰囲気をまとうお姿

自分軸、相手軸、

時間軸、第三者軸

男性軸、女性軸、

環境軸(生活感や国ごとの違い)

会社での立ち位置軸などによって

いくつもの考えはあるものです

更には

組み合わせによる自分軸+時間軸・・・

などさまざまです

そして答えは

決してひとつではなく

育った環境にもよって

いくつもの考えがあるのです

あなたはどのような考えに

該当するでしょうか

己が自身 (その204)

やさしい雰囲気をまとうお姿

「信頼できない」について

1、信頼していたひとに
裏切られたからもうだれも
信頼をすることはできないとする考え

2、ひとはそもそも
信頼するべきではないとする考え

3、裏切られる
ひとがそもそも悪いとする考え

4、信頼する、裏切られるという
感覚すら必要としない考え

5、たとえ裏切られても
信頼し続けるという考え

6、裏切られないために
信頼をするという考え

7、特定のひとだけでなく
すべてのひとを信頼するという考え

8、お金をもらえれば裏切られても
構わないという考え

9、いまではなくもっと前に
裏切ってほしかったという考え

10、相手に同情をする考え

11、個人的には許せないが
立場上仕方がないという考え

いろいろにあります

己が自身 (その203)

やさしい雰囲気をまとうお姿

わたしはよく

自己満足という言葉を

使いますが

我の強いひとほど

この傾向にあります

自己顕示欲や

承認欲求のあるかたも

一様に我が強いです

前述のように言葉で

書いてみるとよくわかります

ただ我の強いひとたちは

これをおかしいとは

思わないのです

自分と考え方が違うひとは

必ず社会にはいます

ただ多様性あるひとがいる

社会ほどこころは

成長するのです

己が自身 (その202)

やさしい雰囲気をまとうお姿

ひとに裏切られて当然

裏切られるひとが

良くないから裏切られた

とする考え方もあります

または

このひとの世界では

そんなことは当たり前で

いちいちそんなこと

気にしないとする

ひともいます

こころないひと

たちのことです

己が自身 (その200)

やさしい雰囲気をまとうお姿
ひとを信頼して

裏切られたことの

痛みとはなんでしょうか

よく

「信頼していたひとに

裏切られて悲しい

もうだれも信頼を

することはできない」

などという

感情の表現がありますが

それはただの悲しいという

感情であり

ほかのひとを

信頼できないなどとは

そのほかのひとが

いい迷惑であることに

気付いているでしょうか

己が自身 (その199)

やさしい雰囲気をまとうお姿
信頼をする

できないは

相手の行動ではなく

自らの感情によるものです

相手に裏切られたから

そもそも信頼に

値しないなど

理由はさまざまです

でもそれは違います

あなたが

相手を信頼しないから

相手も

あなたを信頼

しなくなるのです