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- 第九章 最後に・・・
この現世自体が因果の世界であることを知れば自ずとそもそもが不条理の世界であることなどすべてが理解をすることができます。神性なるこころを取り戻すことができたならつぎに何をすべきかを知ります。その時点で都合の良い言葉や感情は生まれません。したがって因果も存在しなくなります。
ですがあなたが感情から創り出している因果を他人のせいにしている限り、その因果は永遠に続きます。たとえ環境を変えたとしてもまた同じ因果が繰り返されるのです
。
・因果はひとの感情から生まれます
・われわれひとの我の強さ、欲深さが因果を創り出します
・ひとと比較をして生じる優越感や妬みの感情が因果を創り出します
・われわれひとには必ず因果があります。
だからこそいま現世の世界に存在しているのです
・この因果を消すためにわれわれは活かされています
・この現世が因果の世界であることを理解しなければなりません
・すべてはこころを成長させる(因果を消すこと)ためにひとは存在しています
・こころを成長させてその先にある神さまの領域であるひと助けをするのです
・ひと助けとは神の領域です
・神性なるこころを取り戻すことでひと助けが可能となるのです
・天国も地獄も対比するあらゆる言葉はひとの感情がから生まれたものです
・現世はすべてがひとの感情によって創られている想像の世界です
・万物は原因があるから生じるのです
・われわれは、ものの見かた、考えかた、感じかたは違えども
辿り着く場所は同じです
ひとは我の強さ、欲深さについて、食欲も金銭欲も物欲などすべての欲のあり様は多すぎることなく、これくらいでちょうどよいとしてください。それでも足りない分はこころをひと助けで満たしてください。あり余る分はひとに分け与えてください。こころの成長の先にあるのがひと助けです。それがわれわれの本来の使命です。あなたの神性なるこころを取り戻すことでひと助けの意識が生まれるのです。
常世の遥か彼方の世界では善悪の概念はありません。そしてさらにその先には精神も意思もなく無の世界(エネルギー体)が存在しています。万物の根本であるすべてのはじまりがそこにあります。
※注釈
※言葉の重きを理解するために同じ意味ですが言い回しを変えて理解しやすいように例えています。
※神の道とは辿り着く場所はひとつですが方法(道)は様々にあります。同じように仏教でもさまざまな宗派があるのと同じです。その道とはひとそれぞれの役割により導かれるものです。
※常世にもいろいろな世界がありますが話が逸れるので詳細には記載をしていません。
※因果とはすべてが悪い因果だけとは限りません、もちろん良い因果もありますがここではあえて罪に例えた因果のお伝えをしています。
※神さまについてはひとを守る神さま、神話に基づく国津神さま、天津神さまとだけ記してあります。解釈の仕方はそれぞれにあるでしょう。私なりに神さまとはそれぞれにお役目があることしか理解をしていません。つまり優劣、序列などひとの感情により神さまを比較するものではないと心得ています。ただそれぞれにお役目が違うということだけです。比較をするのはひとが勝手にしているだけで神さまにはそのような感情はありません。
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